2017年9月6日水曜日

ポロポロポロポロ

久しぶりに、大好きなyoginiたちと3人で集合。

4ヶ月ぶりの再会。
今年の2月までは毎週会っていた彼女たち。
共に練習していた仲だからか、思うことや話すペースが似ているからか、ふたりに対してmindをopenしているからか、まあつまりは大好きということで、時間を共にするのがとっても心地よい。

お野菜モリモリプレートと貝柱のリゾット。

このところ、もやもやとずーーっと悩んでいたこともベストタイミングで聴いてもらえてスッキリ。

ランチのあとにお茶、この流れ必須。


そして不意に気付いてしまった。
もやもやの本質。

変わってしまったことを、変わったと認めたくなくて、なにも変わっていないことにしたかったのかもしれないなーって。

根っこはそれなんだけど、そこから怒りや焦りや嫉妬や責任感や期待や…いろんな感情が派生してこじれていたんだな。
いわゆるストレス、いわゆるフラストレーション。

いいかい、私よ。
ごまかさないこと。隠さないこと。
見なかったフリ、気付かないフリをしないこと。
目を背けたくなるんだけど、ただ観察して、どんな批判も下さず、居心地の良くない自分も受け容れること。
それが君にとって大事なんじゃないかい?


・・・・・・・・・・・・

とここまで、書いては消し、書いては消してをくりかえしたのが先週のこと。

記事を公開しようかどうしようかも迷っていましたが、数日放置して今読み直すとなんか面白いなーと思ったので公開します。

固定概念、たとえば「こうしなくちゃ!こうありたい、つかむしろ、こうあるべき!」みたいな、責任感を通り越して強迫観念にすら近い凝り固まった考えが、昨年からひとつずつボロボロボロとはがれ落ちてきている。
かさぶたみたいに。

傷ができて、かさぶたができて、それが乾いて取れるまではめちゃくちゃしんどいです、苦しんでます。
なんだけども、かさぶたを作れるようになってきたのが進化したポイント。
ちゃんと傷ついてしっかりかさぶたを作らないと、治るものも治らないし癒えるものも癒えないんだよなあ。

痛くても苦しくても、その感覚や感情から引き下がって観察して、ありのままを受け容れること。
私にとってそれが自分を感じること、大切にすることに繋がり、ヨーガなものの見方をする練習にもなる。

羽を使ったアート作品。ふわふわふわ〜


まあしかし、その固定観念の多さよ。
ヨガをやり始めてどんどん軽くどんどん楽〜になってきたなあと思っているんだけど、ふとしたきっかけでカチコチの頑固な考えが根深くあることに気付く。
気付いて愕然とする、こんなのがあったのか!こう来たか!って。

きっとまだまだ出てくるんだろうな。
いつもとりとめもない話を聴いてくれたり、レッスンを受けに来てくれたり…そんなみなさんの愛で今回はでっかいかさぶたがボロリと取れました。
ほんとに、レッスンをする中でクリアになったんだよ。
あーもう胸熱、感謝、みなさんほんとにありがとう。

じゃ、今日はここまで!
また書くよ。

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