2017年5月30日火曜日

趣味は映画鑑賞です//マンチェスター・バイ・ザ・シー編

以前のブログの時から地味に継続していました”趣味は映画鑑賞です”シリーズ。
もはや何度目の投稿なのか…。

趣味と言いつつ、ゆっくり映画を観る時間も取れず、時間があるときでも気分が乗らず、そんなこんなで映画からはしばらく離れていました。

でも一度観ると、やっぱり好き、やっぱり趣味、映画館に行くとものすごく高まる。
ということに改めて気付いたので、また最近チマチマと観に行ったりしています。

昨日観たのは”マンチェスター・バイ・ザ・シー”
http://www.manchesterbythesea.jp

空き時間に丁度良いのと、出演者のミシェル・ウィリアムズが非常に好きなのでこれにしました。

いろいろ思うことがあってカッコつけて書いてまいそうになったので、いちばん響いたところを書きます。

主人公が、逃げます。
過去からも、現在からも。

逃げずに向き合っていくのかと思いきや、”俺には乗り越えられない”と言って逃げていきます。
ストーリーは、それに対して否定的な描き方をしていません。
ただ静かに淡々と進んでいきます。

それがちょっとあっけにとられて「え、そーなの?」と思いましたが、意外と爽快です。
「あ〜それでもいいんだなあ」という、許しというのか、選択肢というのか、与えられたような気がしました。

この許しって、愛なんだよね。
どうしても受け容れられないことや向き合いたくないこと、癒えない深い傷を持っている人に、逃げるのもアリなんだよ、無理に乗り越えようとしなくていいんだよというメッセージは、その人にとってプラスにもマイナスにもなりうる、と思う。
そして映画はもちろん日常生活でも、頑張らないこと、向き合わないこと、逃げることは許されにくい…ことが多いように思うんだけどどうかしら?

私の性質がそういう風にしか捉えられていない可能性はあって、なぜなら私は昔から、とことんまで向き合って突き詰めて追い詰めて削って、どん底まで行って、ようやく這い上がるタイプだったからです。
(こう見えてそうなんですよネ〜)
だから周りからの期待や応援にも応えず、”乗り越えられない”と逃げていく選択肢は私のマインドには微塵も無かった。

それが、映画の中だけど、こうして”そういうのもアリなんだよ”と教えてもらえるのは一種のカルチャーショックなのであるが、同時に、計り知れない許しとなったのです。
許すことは愛すること。
そういうことを、人生を教えてくださるスワミジがインドのレクチャーでお話されていました。
許しと愛を感じて、非常に気持ちが穏やかになり、「私もう大丈夫かも」と思えました。
私も、”乗り越えられないこと”を受け容れて、乗り越えられたかも。
「今やったら私この主人公に寄り添える」と思いながら観たが、実は映画が私に寄り添ってくれたように感じました。
寄り添うこと、それも愛だよね。
















最後にもうひとつ。
ミシェル・ウィリアムズはやーっぱり好き。
見た目も好きなんだけど、胸をえぐってくるようなあの演技がたまりません。

0 件のコメント:

コメントを投稿